イーヴォ・ポゴレリッチ2017年10月ピアノ・リサイタル東京公演のレビュー。圧倒的な打鍵力と爆音はもちろん、怪しさ満点のデモーニッシュさは圧巻!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
イーヴォ・ポゴレリッチ「ピアノ・リサイタル」2017年秋来日公演チラシ
イーヴォ・ポゴレリッチ「ピアノ・リサイタル」2017年秋来日公演チラシより引用

2017年10月20日(金)、東京サントリーホールで行われたイーヴォ・ポゴレリッチのピアノ・リサイタルに行ってきましたので、レビューします。

このピアニストの破壊的とも言える打鍵力と爆音(?)は当然のことながら、怪しさとデモーニッシュさにはすっかり降参??してしまいました。

今更ながら、ポゴレリッチの天才ぶりに圧倒される結果となりました。やはり実演ですと、得られる情報量が格段に違う!

それでは行ってみましょう!

スポンサーリンク
レクタングル(大)

ポゴレリッチのリサイタル:サントリーホールはほぼ満員

10月半ばは曇りの日が続き、リサイタル当日も雨が降っていて天候は良くなかったのですが、そんなことはお構いなく(?)リサイタル会場は大勢の観客の熱気であふれておりました。

さすがに超有名ピアニストのリサイタル、音楽評論家の姿もちらほら。会場は、ほぼ満員状態だったと思います。毎回来ているような常連から、初めての人まで様々な感じ。

実は、筆者もポゴレリッチのリサイタルに来るのは初めて!でした。本当に今更ながら、なのですが。もちろん昔から知っておりCDも何枚か持っているのですが、実演に接するのはなかなか機会がなく、遅れに遅れてやっと今回初めて聴けることになったわけです。

ポゴレリッチが現代最高峰のピアニストであることには何の異論もないのですが、録音で聴く演奏があまり自分の好みではない、というのも理由の一つではありました。

録音で聴く演奏は、非常に高度で洗練された人工の極地をいく工芸品のようなものではあるのですが、(録音で聴くと顕著になりますが)硬質すぎる感じとか、音が完璧にコントロールされる余りにクリア過ぎる(?)感じ、意志の塊のような感じが、ちょっと苦手ではありました。

しかし・・・。

今回の実演に接してみて、何で今までリサイタルに行ってなかったんだろうと後悔するほど、大変に感銘を受けました。

もちろん音楽も圧倒的なのですが、このピアニストは常に進化しているということや、放たれる怪しいオーラや破壊的とも言えるデモーニッシュさというのは、本人が実際に演奏している場にいないと、録音だけではなかなか伝わらないものがある、というのが正直なところです。

つまり、録音だけでは伝わりにくい部分が少なからずあり、実演では「情報量」が多い、ということだろうと思います。

それにしても、コンサートのチラシの写真は怪しさ満点(爆)。どうしてこの写真なんでしょうか・・意図的としか思えません(ヌケサクみたいな)。

ポゴレリッチは反抗的美青年時代を経て、今は坊主頭の怪しいオッサンになってますが(失礼)、昔も今も、演奏だけでなく外見的にもなかなかインパクトのある人であることは確かで、この外見のインパクトがなければこれほど有名にならなかったのでは、という面はあります。

クラシックの音楽家であれ、外見重視なのは時代の流れというか、ルックスで話題になった演奏家の走りのようなところはあります(ちなみに美青年時代はデビッド・ボウイ似)。

ですが、この人が違うのは、外見だけでなく、というかそれ以上に才能が桁外れの天才だってことですね(加えて大変な努力家でもあるらしいが)。外見だけでなく才能にも(それも最大級の)恵まれるとは、本当に滅多にない奇跡ですね〜。

ポゴレリッチのような人を見ると、ああいう人が天才なのだ、と思い、自分は凡人だな〜とつくづく思います。でも、それくらい思わせる人でないと、才能を売りにすることはできないのですねえ。

リサイタル当日はポゴレリッチ59歳の誕生日!サプライズ計画も。

リサイタル当日の10月20日はポゴレリッチの誕生日なのだそうで、公演当日は入り口で上の写真右の「サプライズご協力へのお願い」が配られていました。

サプライズの内容はリサイタル後のカーテンコール時に、観客で「ハッピーバースデー」を歌いましょう!というもの。

招聘元(梶本音楽事務所)のアイデアなのか分かりませんが、「おもてなし」の日本ならではの演出じゃありませんか!こういう事前の「根回し」もいかにも日本的!海外から来る外国人はこういうの嬉しがりますよね、日本人から丁寧におもてなしされるのって。

でも、今回は相手が相手だけに・・。ポゴレリッチがどんなリアクションするのだろうか、少々気になってしまいました。

というのも、昔の(美青年時代の)ポゴレリッチと言えば、あの有名すぎる、ショパンコンクールでの反抗的とも言えるような振る舞いだけでなく、ジャケット写真からも分かるように、何とも言えない独特の冷たい感じのある芸術家というか、人を寄せ付けない感じのある人物で、気難しい芸術家、というイメージが強かったせいもあります。

ですが、近年は年齢も上がって来たこともあるのか、ステージマナーも紳士的な感じで、昔みたいな、いかにも冷たい感じは少なくなっているようです。といっても、妖しい感じとデモーニッシュな感じは満々で、いかにも紳士的な悪魔、という感じが漂うのが面白いのですが。

実際のサプライズは、アンコール後のカーテンコールで、お誕生日ケーキが登場、観客が「ハッピバースデー」を歌う、という自然な流れになっていました。

ポゴレリッチがケーキの登場を見て、ちょっと驚いた表情をしたのが面白かったですが、あとはニコニコして「ハッピーバースデー」を聞いておりました。

その時の様子はyoutubeにアップされておりました(追記:後に削除されました)。

ポゴレリッチ本人がこの動画をツィッターでリツィートしており、ご本人もなかなか嬉しかったご様子。サプライズは大成功でしたね、良かった!

ところで、ポゴレリッチもツィッターをやっているんですね。滅多に投稿してませんが(投稿してもコンサート情報などのリツィート程度)。

アナクロな芸術観を持っているイメージの強いポゴレリッチですが、意外にも(失礼)新しいメディアにも関心があるようで、昨年はインターネット配信限定でベートーベンのソナタ(第22番と第24番)の新録音を発表したことでも話題を呼びました(現在はなぜか視聴できない模様)。

理由は、若い人にクラシックを聴いてもらうきっかけを作るためにインターネット配信を選んだ、というようなことをどこかで言っていたような。意外と、そういうことも考えるんですね。

ポゴレリッチは自身の才能と天分を非常に光栄に思っているようで、それらを生かして音楽教育など、色々と還元したいという考えはあるようなので、新しい試みを色々やってもらいたいですね〜。と言っても、完璧主義なので何事も数年がかりなのでしょうが・・。

ちなみに、上の写真の左はリサイタルのプログラムですが、中身がスカスカ過ぎ。プログラムって、こんなもの? あまり買わないので分かりませんが。500円だと、こんなものなのでしょうか。

ポゴレリッチのインタビューでも入っていればと思いましたが、それは無理かもしれません。インタビュー取れること自体が貴重な人みたいなので。

しかし、プログラム中盤にある、紙面稼ぎのような、A男とB子のポゴレリッチ音楽会話は、何なんでしょう?ネットやツィッターであふれているようなお気軽〜な会話ですけど、プログラムに載せるようなものか?と思ってしまいます。いかにも低予算丸見えでした。

ポゴ本人は中身をよく知らないと思いますが、本人にもおそらく売り上げの一部がいくのでしょうし、何かちょっと、釈然としないものがありました。

クレメンティのソナチネは当時の世界観までが表現されている?とんでもない演奏の域

さて、また前置きが長くなりましたが、演奏のレビューです。

プログラムは、コンサートのチラシにある通り、クレメンティのソナチネ へ長調、ハイドンのピアノ・ソナタ ニ長調、ベートーベンのピアノ・ソナタ第23番へ短調「熱情」までが前半、後半はショパンのバラード第3番、リストの超絶技巧練習曲集から第10番、第8番「狩」、第5番「鬼火」、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」というものでした。

プログラムを見ればわかる通り、ピアノの歴史を辿るようなプログラムで、確かにリサイタルを聴いていてピアノ音楽の発展を体現するような、よく考えられたプログラムになっていたと思います。

ポゴレリッチはインタビューなどを読むと、作品に取り掛かって5年でも10年でも、自分が完全に納得してモノにするまで公開しないそうで、今回のリサイタルのどの作品も、考え抜かれた思考の結果の密度の濃い演奏でした。

なので、聴いていて疲れる、といえば疲れるかもしれません。けれど、これほど密度の濃い、聞き手にも集中力を要する音楽はあまりありません。

筆者は公演当日、体調万全とは言えなかったのですが、ポゴレリッチを聞くなら、体調を万全に備えておきたいものですね〜。ツィッターで、このリサイタルのために半休をとったという書き込みを見ましたが、できればそれくらいのことをしたいものです!

クレメンティのソナチネでは、アンダンテ楽章の和音が非常に印象的。例によって、すべての音をコントロールしてます!感が半端ない。ポゴレリッチの常として、感傷・感情を徹底的に排した、冷たく硬質な音楽であるのは当然なのですが、その和音の中に確実に情感があるというのは大きな発見でした。

全体を通して、思ったよりも情感があるなというのが正直な感想です。実演だからそう感じたのか、最近の演奏がそうなったのか、分かりませんが。

初期の録音で、ショパンのピアノ協奏曲第2番の素晴らしい録音がありますが(アバド指揮)、これはポゴレリッチとしては例外的なくらいに熱く、情感のある演奏です。あえて言えば、この録音に近いような情感を感じ取った、というと大げさかもしれませんが。

ともかく、クレメンティのソナチネは、単純な和音だけで、単なる情感を超えて、当時の世界観みたいなものも聞こえてきた感じがしたのはちょっと驚きでした。

もちろん当時のことは知らないにしても、なるほど、こういう感じだったのでは、という言葉にはしにくい感覚的な世界観が、確実に和音の中に表現されていたと思います。徹底的に思考を積み重ねた結果の演奏、なのだと思いますが、ポゴレリッチ、おそるべし。

ポゴレリッチはリストそのもの、リストが現代にいたらこんな感じだと思わせる悪魔的ピアニスト!

さて、プログラムのどの演目も内容の濃い演奏でしたが、筆者が一番印象に残ったのはベートーベンの「熱情」でした。

この聞きなれた曲が、ベートーベンの曲みたいには聞こえず、筆者には完全にリストに聞こえました。

ポゴレリッチのインタビューを読むと、ポゴレリッチが「熱情」に並々ならぬ熱意を持っていることが分かります。そもそもベートーベンのソナタ全てに非常な熱意を持っているようなのですが。確かに、思考を突き詰めるポゴレリチには、ベートーベンはとても向いている気はします。

そんなことはさておき、私見ですが、プログラムの中で特にポゴレリッチらしさが表れていたのは「熱情」だったのではないかと思いました。

ピアノ以外の演奏家にとってはリストは一作曲家ですが(失礼)、リストというのはピアニストにとっては大聖人みたいなものらしく、リストを崇拝するピアニストは多くいます。

リスト自体が卓越したピアニストで、ピアノを弾く快感のようなものをそのまま体現するような曲を残しましたので、ピアノを弾くピアニストにとってはまさに生理的にハマる作曲家なのだろうと思います。プロコフィエフやラフマニノフといったロシア系の作曲家にもそういう系統はいますが、リストはまた別格というような。

ヴァイオリンのパガニーニもそうですが、あまりに卓越した演奏技術を持っていると、どこか悪魔的な妖しささえ漂ってくるようなところがあります。リストのピアノもおそらく悪魔的要素を非常に持っていただろうと推測します。

ポゴレリッチの演奏について、破壊的、というイメージは多くの人が持つようで、それは確かにそうだと思います。ポゴレリチほど並外れた打鍵力と大音量を持つピアニストは現在ほぼいないと言って良いでしょう。サントリーホールほどの大ホールでピアノリサイタルをやっても音量的に遜色ないのはポゴレリチくらいではないかと。

ポゴレリッチのピアノに対する征服感、破壊的なほどの大音量、完璧な演奏技術、悪魔的な妖しさ、こう言ったものが、まるでリストの演奏はこのような感じだったんじゃないか、と錯覚させるほどのものがありました。

あるいは、現代にリストみたいな人がいたら、ポゴレリッチみたいな感じじゃないかと。つまり、ピアニストというのはピアノと一体不可分の関係だということなのですが。

それと、リストはロマン主義ど真ん中の人ですから、世界観の表出や個性の肯定と言ったような要素もたっぷり持っているのですが、ポゴレリッチも根っこはロマン主義だろうと思います。

演奏からはあからさまにはそう見えませんが、思想を支える根本においては、という意味で。ポゴレリッチは明らかに19世紀的な芸術観に則っていると思いますし。

まあ、ポゴレリッチがリストみたいに見える最大の理由は、悪魔的な感じ、デモーニッシュさなんだろうと思います。こんな雰囲気が漂うピアニストは他にいないだろうと。

リストはピアニスト以外からすると、装飾的で「音が多い」印象がどうしてもあるのですが、ポゴレリッチ級の人が演奏するとあんまりそういう感じがしないというか、装飾的な音も全て意味があるように感じられるのが不思議。

プログラムでは、リストの超絶技巧練習曲も3曲演奏され、まさにリスト+ポゴレリッチならではの期待通りの圧巻の演奏、でした。

「熱情」がどこかに行ってしまいましたが、「熱情」の演奏の中で特に気に入ったのが何度も繰り返されるドロドロいう低音部の部分で、ここまでこの曲が悪魔的に聞こえたことはなかったです。メフィストフェレスの不気味な足音みたいに聞こえました(大げさ?)。

コンサートでいい演奏を聴くと、帰ってから同じ曲をまた聴きたくなるのですが、こういうリスト的な「熱情」はさすがに録音では聞けませんね・・。この「熱情」、ぜひ録音で出してほしいです!麻薬的なベートーベン演奏であることは間違いなし(私見ですが)!

ショパンのバラードは、割とポゴレリッチらしい?演奏。テンポはゆっくり目で、感傷性の一切ないポゴレリッチらしい演奏。

近年、ポゴレリッチの演奏スピードがだいぶゆっくりになったと聞いていましたが、今回聞く限り、曲によってかなりテンポはバラバラでした。ショパン以外は大体普通、またはやや早めのテンポという。この人は常に曲を再考しているので、その時々の考えによって演奏が異なってくるのでしょうが。

最後の演目、「ラ・ヴァルス」ではピアノの崩壊、終焉も予測??破壊的という言葉が最もふさわしいぶっ壊れた演奏!

最後は、最後にふさわしい演目、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」でした。筆者は「ラ・ヴァルス」は管弦楽版しか聞いたことがなく、実はピアノ版があることもよく知らなかったので、聞いてみて、まさにポゴレリッチにはうってつけの作品だと思いました。

ピアノを極限まで使い倒し、管弦楽の響きや音色を再現してやろうという試みがあふれんばかりの曲ですが、ピアノの「鬼才」ポゴレリチの手にかかれば、まさに破壊的、デストラクティブとしか表現しようのない演奏になっていました。

これだけの音符を弾きこなすのは、肉体的にも技術的にも恵まれていなければなりませんが、ポゴレリッチの長所を最大限に発揮できる曲だと思いました。

あの巨大なサントリーホールで、聞いているだけでも耳が痛くなってくるほどの大音量、まさに爆弾が降り注ぐかのような音の洪水、嵐でした。小さいホールだったら音が飽和してしまうでしょう。

この演奏では、ラヴェルが表現したかったことよりも、ポゴレリッチの表現の方が優っているくらいで、クレメンティからピアノの歴史を聞いてきたけど、本当にここでピアノの歴史が終わる、ピアノの終焉だ、という気がするくらいのピアノの断末魔のような響きでした。

ポゴレリッチは実演でもほとんどミスタッチがなかったですが(驚異的なこと)、「ラ・ヴァルス」では、ピアノが壊れるかというくらいの凄まじい怒涛の打鍵により、ピアノ線がおかしくなったのか、所々で音が狂ったような気がしました。気のせいかもしれませんが。

いずれにしても、あの演奏では完璧に弾きこなすというより、少し音が狂った方がむしろリアリティがあるのです。大げさにいえば、現代の終焉、文明の破滅というような壮大なところまで想起させるような演奏だったのですから。

ポゴレリッチの演奏について、「壊れている感じ」をイメージする人が多いようですが、確かに、「ラ・ヴァルス」を聞けばそれもよく分かります。筆者はこういう演奏を聴いたのが初めてだったので、圧倒されてしまいました。

爆音のような大音量がこれでもかと延々と続くので、だんだん地獄の責め苦に(?)苦痛になってくるような気さえしました。いつもリサイタルではこういう演奏をしているのなら、本当にスゴイとしか言いようがありません。

最後にこういう演目を置いた意図は何なのか。こういう破滅としか言いようがない演奏でリサイタルを終えるとは。ポゴレリッチの音楽の本質に関わってくることのような気がしました。

この後で、アンコールは2曲、ラフマニノフとショパンでした。平和な音楽なので、「ラ・ヴァルス」との温度差が激しかった(笑)というのが筆者の感想です。

アンコール:

ラフマニノフ:「楽興の時」より第5番

ショパン:ノクターン ホ長調 作品62-2

ポゴレリッチのステージマナーは悪い?確かにかつての「反抗的青年」の名残はあるけど基本は紳士的!

ポゴレリッチというと、ステージマナーが色々言われることがあるようです。

筆者は公演にギリギリ駆け込んだので、恒例の(?)ポゴレリッチが開演前に私服でホールのピアノをつま弾いている、というシーンは見られなかったのですが。今回は結構開演ギリギリまでホールにいたみたいですね。

有名なのが、楽譜を床にポイ捨てすること(笑)。これは今回初めて拝見しましたが、観衆が注目している中、さあこれから演奏という時にこれをするのはちょっと目立つ・・。静かな中でバサっと結構音がするし。特に、細かいマナーに小うるさい日本人的には、いい印象はないでしょう。

それから、アンコール後に「もう今日は終わり」ということを示すため、ピアノの椅子をピアノの中に蹴り込む、ということがあるとか(笑)。今回は、これをやったのか、気がつかなかっただけなのか、演奏に圧倒されてしまい筆者は確認とれず。

こういうステージマナーもあってか、ポゴレリッチにはどこか不遜な、反抗的なイメージが未だについて回っています。本人がどう考えてこのように行動しているのかはもちろん知りませんが、ポゴレリッチのことなので、全てに何か意図はあるのでしょう(笑)。

しかし、演奏後に観客にお辞儀をする時はなぜかとても紳士的な感じ。嫌味なまでに(?)様式化された感じの、深いお辞儀を各方面にします。このお辞儀の時の不敵な笑みがなかなか妖しくて良い。ファウスト博士を誘惑しようとしているメフィストフェレスみたいです。

ところで、よく指摘されるのが譜面を置いて演奏すること。最近のリサイタルでは譜めくりの女性がいつもついています。昔は暗譜だったらしい(?)のですが、ポゴレリッチほどのピアニストだと暗譜して当然みたいなのに意外、と思われているのでしょうか。まあ、演奏がよければ良いので、個人的にはあまり気にはしませんが。

公演後は、恒例なのか分かりませんが、サイン会もやっているようですね。筆者は行っていないですが。ポゴレリッチ的な感じの人だと、サイン会とか嫌いそうですが(偏見)。反抗的な(?)態度と、紳士的な振る舞い(ファンサービス?)の差がなんかギャップあるな〜と思ってしまいました。

ポゴレリッチは意外と孤独嫌い?勝手に推測!

ああいう、いわば人を寄せ付けない感じの、絶対的に孤高な感じの演奏をするポゴレリッチなので、本人もそういう感じなのかとつい凡人は考えてしまったりしますが、別にそんなこともないようです。

mezzoという海外のクラシック音楽チャンネルの短いインタビューの中で、「無人島に持っていく音楽は?」という質問に対して(日本では絶滅した質問?)「ドイツ・レクイエム」を挙げ、「孤独に打ち勝つため」と答えていた気がするのですが(聞き違いならすみません)、ブラームスというのがやや意外な気がしました。

あと、妙に気になるのが、たまに写真や映像で、ペットのトイ・プードルを抱っこしているのを見ることがあります(今も生きているのか?)。このトイ・プードルがとっても可愛い!

細かいことですが、上に書いたmezzoのインタビューで、このトイ・プードルを抱っこしているのですが、引き綱がやたら19世紀の美術品みたいに凝っていて、それをいじりながらインタビューに答えるポゴレリチがいかにも常人離れした雰囲気を放っていたので、やっぱり普通の人と違う・・と思ってしまいました。

ちなみにこのインタビューが撮影されたのはパリのブリストルホテルだそうで、背景がまるで宮殿(爆)。さすがポゴさんです。

ポゴといえば、美青年時代(笑)には、イタリアの宮殿でショパンのソナタなどを弾いている映像作品がありますけど、そういう美意識の徹底している人なんだなということは、十分に分かります。

ポゴレリッチといえば、自身のピアノ教師との結婚とか、ショパンコンクール事件とか、有名なエピソードに事欠かない人ですが、本当に天才らしく独特な人なので、何をやっても注目してしまいます!

最後に。ポゴレリッチのリサイタルは現実感喪失するほど強烈!

ポゴレリッチのリサイタルは、お腹いっぱい!というくらい中身の濃いものでした。さすがに天才演奏家が、何年もかけて準備してきた演目だけはあります。

現代では、どの分野でも、すぐにインプットしてすぐにアウトプットすることが求められ、時間をかけてじっくりモノにする、というやり方ではやっていけなくなっています。

そういう中で、時間をかけてじっくり準備するということができる数少ない例の一つな訳ですから、貴重な例であることには変わりありません。

筆者は実のところ、このリサイタル後、約1週間、現実とのギャップに違和感を感じてしまいました。それほど影響力のある、あるいは「毒のある」音楽だということです。

自分はそういうのが好きなので、やっぱりまた聴きたくなってしまうのだろうと思います。次の機会まで待てるかな〜と思いつつ。

スポンサーリンク
レクタングル(大)
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
レクタングル(大)