「ハドソン川の奇跡」は単なる幸運ではなく、自ら引き起こした奇跡!サレンバーガー機長のプロフェッショナルな仕事ぶりや誠実な人柄を紹介します。

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USエアウェイズ1549便不時着水事故
By Greg L - originally posted to Flickr as Plane crash into Hudson River, CC 表示 2.0, Link

「ハドソン川の奇跡」を覚えていますか?

2009年1月15日、ニューヨークのラガーディア空港を離陸したUSエアウェイズ1549便が離陸直後にバードストライク(注:カナダガンの群との衝突)に遭遇し、両エンジンが停止、マンハッタン付近のハドソン川に不時着水したという飛行機事故です。

この事故は、乗客乗員155名が全員無事だったことから「ハドソン川の奇跡」と呼ばれ、チェスリー・サレンバーガー機長は一躍全米中の時の人になりました。

世界中で報道され、今なお日本でも時々テレビ番組で取り上げられています。2016年には映画化もされました(クリント・イーストウッド監督、トム・ハンクス主演)。

私は「ハドソン川の奇跡」に大きな感銘を受けた一人ですが、この「奇跡」は機長を含むクルーの判断や対応が素晴らしかったのはもちろんですが、様々な職業のみならず生き方に対しても示唆に富む出来事だと思っています。

今回は「ハドソン川の奇跡」について、今更ながらですが感じたことを書いてみます!

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「ハドソン川の奇跡」の起こった当初の様子は?

先述の通り、USエアウェイズ1549便を操縦していたチェスリー・サレンバーガー機長は、普通の一般人から一夜にして全米中の「英雄」になりました。

しばらくは全米がお祝いムード一色

当日の夜、私は米国版CNNニュースを見ていましたが、ニュースはこの不時着水事故一色で大騒ぎ、サレンバーガー機長の写真ばかりが映るものの、インタビューに出るのは本人でなく知人や関係者ばかりなので、「なんだか機長が死んだみたいだなあ・・」という気までするくらいでした。

数日後にやっと本人がインタビューに出てきたり、事故の数日後に行われたオバマ大統領の就任式に機長らが招待されたとか、借りていた本が機体の中に水没してしまったので返せなくなったと(律儀にも)図書館に電話した、などといったエピソードが報道されました(ちなみに図書館の本は後日、無事戻ってきたとのこと)。

重大な飛行機事故で、しかも全員が生還すると言う事例は過去にもなかなかありません。その意味でも、「ハドソン川の奇跡」は本当に奇跡的な出来事でした。

また、現場近くにいたフェリーやニューヨーク市民らが駆けつけ、一丸となってハドソン川に緊急着水した事故機の乗客らの救助に当たったというエピソードもお祝いムードを高めました(以下の写真は救助風景)。

USエアウェイズ1549便不時着水事故

By Izno, cropped by Falcorian投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

「ハドソン川の奇跡」は、機長を始めとするクルーの判断や対応も非がなく、地上の人々も一斉に駆けつけて救援にあたり、その上で全員生還という、これ以上ない最善の結果に終わりました。

また、当日の天候やハドソン川という着水場所にも恵まれたこと、さらにはハドソン川には橋もなく、着水しても沈没するまでに救援が駆けつけられるという、幾つもの幸運が重なりました。

こういう良いことづくしの航空機事故など滅多にないので(しかもニューヨークのど真ん中)、全米が熱狂したのも無理はありませんでした。

緊迫の交信記録

この「ハドソン川の奇跡」は、両エンジンの停止という滅多にないトラブルに見舞われたこともさることながら、エンジン停止からハドソン川への緊急着水までわずか3分半程度(208秒)しかなかったという危機一髪の事例だったことも注目されました。

実際の交信記録が公開されていますが、わずか数分間ですが緊迫した状況が伝わってきます。

機長は非常に困難な事態であることを十分に理解しつつも、声を聞く限りは冷静そのもの、最小限の言葉で管制官と必要なやりとりをしています。

このフライトで副操縦士を務めたジェフ・スカイルズ氏も優れたパイロットであり、機長との連携が非常にうまくいったことも緊急着水の成功につながりました。

機長は、切迫した緊急事態の中で、客室乗務員を含めたクルー全員が自分のなすべき職務を確実に遂行したことを強調し、全員生還という結果はクルーのチームワークのおかげであると言っています。

「ハドソン川の奇跡」は映画化も!

「ハドソン川の奇跡」は2016年にはクリント・イーストウッド監督で映画化もされました。機長役はトム・ハンクスです。この映画はまだ見ていないのですが、ぜひ見てみたいです。

当時ハドソン川に救助に向かったフェリーの船長やヘリコプターのダイバー、その他多くのニューヨーク市民の救援者が、本人役で映画に出演しているとか。

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理想のパイロット像:サレンバーガー機長

さて、事故機1549便の機長、チェスリー・サレンバーガー氏(1951年生まれ)とは、いったいどのような人物なのでしょうか?

サレンバーガー機長は写真の左の人物です。

By Ingrid Taylar [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

サレンバーガー機長は、報道されるエピソードやインタビューなどから、非常時にも冷静で正しい判断のできる、まさにプロフェッショナルなパイロットという印象ですが、基本的にその通りの人物のようです。

機長は当時、全米で英雄視されることを好まず、ただ自分の職務を全うしただけである、というようなことを言っていました。私たちが飛行機に乗る時、このような人が機長さんだったら、と思うパイロットの理想像の典型のような人物とも言えるかもしれません。

サレンバーガー機長がこの事故後に書いた「Highest Duty:My Search for What Really Matters(2009)(邦題:「ハドソン川の奇跡 機長、究極の決断」十亀洋訳 静山社文庫 2011年)」を読みましたが、機長の誠実で深い人柄がわかります。

機長、究極の決断 (静山社文庫)

この本は、航空などの交通関係に携わる人に限らず、あらゆるプロフェッショナルに通じることが多く含まれているとともに、「プロフェッショナルとはどういうことか」や安全・リスク管理を考える際に多くの示唆がある本だと思います。

サレンバーガー機長の性格は?

この本にもありますが、機長は自分を非常に生真面目で規律を重んじるタイプ、気質としては科学者に近い、と分析しています。

さらに、探究心・向上心を常に持ち、飛行技術の向上に努めるのはもちろん、航空に関する書物を大量に読み込む他、心理学や関連分野の知識の習得にも余念がないという、理想的なプロフェッショナルです。一方で、権力者に擦り寄るとかネットワーキングは苦手という堅気な人物です。

機長は根っからの飛行機少年で、20代までは空軍の戦闘機パイロットを務めていました。実戦に出る機会はなかったとのことですが、戦闘機時代に叩き込まれた、少しの判断ミスや躊躇が死につながるという極限状態の中での「いかに正しい判断・行動をするか」という心構えが、長年の蓄積となって「ハドソン川の奇跡」にもつながったのだろうと思います。

機長は、「私のパイロットとしての数十年のキャリアは、(ハドソン川の奇跡の)あの数分間のためにあった」ということをどこかで言っていたのですが、本当に含蓄のある言葉だと思います。

機長は若い時から過去の飛行機事故についてよく勉強しており、「自分だったらどうしたか」と常に考えていました。航空安全にも常に関心を払っていました。空軍時代を含め、過去に墜落事故で死亡した多くのパイロットの死を無駄にすまいと、事故から教訓を学び取ろうとしていました。

こうしたことは、常に死と隣り合わせのパイロットのような職業だから当然といえばそうかもしれませんが、それをいつも念頭に置いて、数十年やり続ける、ということは必ずしも誰もができることではありません。

機長には、自分の職業に対する矜持があり、信念がありました。これらの数十年にわたる蓄積が、「ハドソン川の奇跡」の数分間に、無意識のうちにも総動員され、最上の結果に結びついたのだと言えます。

なんでもすぐに役立つ知識やノウハウがもてはやされる時代ですが、本当に重要なことはすぐには身につかず、長年の蓄積が必要なのだということを、この「奇跡」は教えてくれる気がします。

サレンバーガー機長の生き方・価値観とは?

この本の中には、含蓄のあるエピドードがたくさんあります。

キティ・ジェノヴェーゼ事件

機長は子どもの頃、キティ・ジェノヴェーゼ事件(1964年、ニューヨークに住むキティ・ジェノヴェーゼが路上で殺害されたが、近隣住民の多くが悲鳴を聞いていたにもかかわらず、誰も助けなかったという事件。都会の人々の無関心さは当時の社会を震撼させた。この行動は「傍観者効果」と名付けられた。)に大きな衝撃を受け、助けを必要としている人がいたら必ず行動を起こす人間になろうと固く決意したといいます。

機長は、勇敢にも人助けを行なった人物(線路に落ちた人を救うため線路に飛び降りる人など)は、その瞬時にそう決意したのではなく、決意はもうずっと前になされていたのだと言います。

常日頃から「困っている人がいたら助ける」というような信念を持ち続けている人だけが、そのような行動ができるのだと。

機長のこうした決意が、「ハドソン川の奇跡」の数分間に迷うことなく人命優先の判断をすることができたことに関係しているのでしょう。

これはまさに、人間性そのものを問われるということで、(時間があればまた別でしょうが)とっさの緊急時にどのような行動をとるかということに、その人の全てが現れるということでもあります。

事前の準備の必要性

また、機長は、自分には何ができて何ができないのか、自分は何を知っていて何を知らないのか、搭乗機には、何ができて何ができないのか、に関する正確な理解が必要だと言います。

非常時には「できないこと」に費やす余裕はありません。「できる」ことだけに全精力を注ぎ込むしかやることはなく、もしそれでダメだったとしても、それはどうしようもないことです。

「できない」ことに足掻き続けて時間切れになったり取り返しのつかない結果になることはいくらでもあります。

機長は、どうしようもない事故はあるが、事前の準備によってリスクを減らすことはできる、という信念を持っていました。パイロットは特に事前の準備が重要である、と言います。

優先事項の切り捨て

機長は、戦闘機パイロット時代に数百万ドルの戦闘機を何とか潰すまいとして悪戦苦闘し、脱出の判断が遅れ、命取りになったパイロットが少なからずいたことを指摘します。

機長は「優先事項の切り捨て」の概念を身につけていました。そのため、「ハドソン川の奇跡」の時も、機体の保全はあっさり切り捨て、人命救助を最優先にする判断をすぐに下せたのです。

誠実とは

小さいエピソードですが、娘に「誠実ってどういう意味か」と聞かれ、機長は、「面倒な時でも正しいことをすること」と答えたといい、我ながらいい答えだったと思う、と言っています。機長らしい回答ですが、我々もこう言い聞かせたいところです。

背景にある重み

機長の言うことは、一見すると、特別変わったことではない、普通のありきたりのようなことにも見えます。

しかし、機長が言っているようなことは、非常に生々しい真実を背景にした上での、結論としての言葉です。非常事態とか極限状態を経験、あるいは想像したことがないと、ピンとこないかもしれません。

これは、機長の言葉に限ったことではなく、多くのことにも言えるのですが、当たり前のように教えられたり語られている事柄が、いかにどれだけの理論的背景と理由を持っているか、と言うことに対する理解があるかどうかの問題とも言えます。

その意味で、機長の言葉は、パイロット業だけではなく、他の職業、ひいては人生のあり方にも通じるものがあります。

サレンバーガー機長の現在

サレンバーガー機長は2010年にパイロットを引退し、現在は講演を行なったり、著述業やコンサルタントをしているようです。2012年には2冊目の本も出版しているようです。

これだけ影響力のある人になったので、航空業界その他のリスク・安全管理の向上のために、これからもまだまだ活躍してほしいと思います。サレンバーガー機長の講演なら説得力あるなあ・・と思ってしまうのは私だけではないでしょう。

アメリカと「ハドソン川の奇跡」

アメリカでの「英雄」サレンバーガー機長に対する称賛はすごいものがありました。アメリカは英雄、ヒーローが大好きなんですね。かつてリンドバーグが国民的英雄になったのを連想しました。

アメリカの良い面での健全性

機長の本にも垣間見えるのですが、アメリカの良いところは健全さが機能しているところなのだと思います。正しいことや正義、こうあるべきという信念が社会の根底にあり、良い意味での健全さがあるのです。

近年はその健全さが薄れたり、悪い方向に向かったりということがなくはないにしても、何かのきっかけでまた復活する、というように、健全さはアメリカ社会の根底にあるもののように思います。こうした風土がサレンバーガー機長のような人物を輩出した背景にあると言えるでしょう。

機長は、良い面での健全なアメリカの価値観や生き方というものを体現している人物の一人だという感じがします。こういう人は、どの国でもそうですが、地味で目立たないので世の中で注目される機会はあまりありません。しかし、このような人々が一般人の中にいるということが社会の成熟度を示すような気もします。

サレンバーガー機長は副業に余念がなかった!?

これまでサレンバーガー機長を散々褒め倒してきましたが、一方でやっぱりアメリカ人的と思う点もあります。

もちろん実直で素晴らしい人物なのですが、それだけではやっていけない!というのが資本主義国アメリカのようです。

上に書いたことを見れば、サレンバーガー機長はお金のことには執着しない感じの人のようにも見えますが、やはりアメリカ人なので、日本人的(?)な「お金がなくても好きなことができれば」という考えはありません。

パイロットを続けることでいくら稼げるのかを常に考えてきました。稼げるならば他の職業に就こうと考えたこともあるようです。それは、家族との時間を確保するためではあるのですが(これもアメリカ人的と言えばアメリカ人的な発想)。

意外と言えば意外なのは、サレンバーガー機長はパイロットを務める傍で副業にも余念がなく、コンサルタント会社を立ち上げたり、不動産投資を行なっていたということでした。

これには、会社の業績次第ですぐに給与カット、人員削減が行われるのが日常茶飯事のアメリカならではの事情も影響しているようなのですが、パイロットのような高度専門職でさえも副業に精を出すというのは(といってもお小遣い的なチマチマしたものではなく本格的なものですが)、ちょっと感覚が日本とは違います。

ちなみにパイロットの副業はよくあることのようです。サレンバーガー機長の属するUSエアウェイズでも、給与や年金の大幅カット、各種待遇の削減があったとのことで、アメリカ社会の厳しい面が垣間見えます。

サレンバーガー機長は元軍人であるということ

上でも少し書きましたが、サレンバーガー機長は元戦闘機パイロットで元軍人です。機長の性格や考え方は基本的に軍人で、軍人時代に確立された部分も大きいだろうと思われます。機長が軍人になることを決めたのは愛国心のためということです。

機長の戦闘機パイロットとしての盛りの時代、アメリカは平和時にあたり、機長は実戦経験がないまま退役しました。これは、結果的には良かったのかもしれません。

機長はその後、民間機パイロットに転職し、乗客乗員の生命を第一にするという信念のもとに運行してきました。機長は「ハドソン川の奇跡」でも、一人でも死者が出ていたら、全く喜ぶ気になれないだろう、と言っています。

機長は時代が少し前であれば、実戦に出て、爆撃を行なっていたかもしれません。日本への空襲(ドーリットル東京空襲とか・・)に参加していたかもしれません。これを考えると、少し複雑ですね。

もし、機長が軍人時代に実戦で相手国の人々を攻撃して死者を出していたりすれば、後年、後悔したのではないでしょうか??これは、ただの想像でしかありませんが・・。

終わりに

「ハドソン川の奇跡」の後も、悲惨な飛行機事故は多く起こっています。飛行機事故といえばひたすら悲惨なものにならざるを得ない中、「ハドソン川の奇跡」は本当にいくつもの幸運が重なって起きた奇跡だったと言えるでしょう。

滅多に起きないから奇跡なのですが、事故をよく見てみれば、奇跡を引き起こすために人間ができる限りの最善のことが行われていたことがわかります。

人間にはできることとできないことがありますが、奇跡というのは少なくともできる限りの最善を尽くした上でないと起こらないのだということを、この「ハドソン川の奇跡」は教えてくれる気がします。

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